研究チームの概要
私たちは、 生物学のためのコンピューティングとコンピューティングのための生物学を追求しています。一方で、細胞生物学研究の様々な側面を進めるための高度な計算方法とロボットシステムを開発し、それらを自動化することを究極の目的としています。具体的には、主に3つの研究分野に取り組んでいます:
- 遺伝子型情報から表現型ダイナミクスを予測するための細胞内生化学反応ネットワークモデリングとシミュレーション技術の開発
- ロボット生物学(AIとロボットによる実験の自動化)
- 生物学にヒントを得たAIアーキテクチャの開発と、画像処理、実験計画、仮説生成などのライフサイエンス研究への応用
1 細胞シミュレーション
私たちは全細胞スケールのシミュレーションソフトウェアプラットフォーム”E-Cell System”を1996年から開発しています。2018年に、最新のメジャーバージョンE-Cell Systemバージョン4(以降E-Cell4)をリリースしました。細胞内の生化学反応系は分子混雑や局在といった試験管内とは異なる非理想的な条件下で働いています。こうした細胞システムの多階層的な性質をモデル化し、計算するための様々な技術を細胞シミュレーションプラットフォームE-Cell4は提供します。分子を粒子として扱う厳密な反応拡散アルゴリズムとしては現在最速の手法である拡張グリーン関数動力学法(eGFRD法)[1]や、高速で複雑な細胞内の構造を扱うことが可能な微視格子法Spatiocyte[2]など問題にあわせて様々な技法を簡単に使い分けることができます。また細胞システムのシミュレーションに加えて、生物画像シミュレーターScopyonを開発しています。Scopyonは蛍光顕微鏡をはじめとした生物画像システムの物理的特性を計算することによって顕微鏡画像を計算機上で再現し、実験と計算を直接定量的に比較することを可能にします[3]。
[1] Sokolowski TR, Paijmans J, Bossen L, Miedema T, Wehrens M, Becker NB, Kaizu K, Takahashi K, Dogterom M, Wolde PR ten. eGFRD in all dimensions. The Journal of Chemical Physics. 150,054108 (2019)
[2] Chew W-X, Kaizu K, Watabe M, Muniandy SV, Takahashi K, Arjunan SNV. Reaction-diffusion kinetics on lattice at the microscopic scale. Physical Review E. 98, 032418 (2018)
[3] Watabe M, Arjunan SNV, Fukushima S, Iwamoto K, Kozuka J, Matsuoka S, Shindo Y, Ueda M, Takahashi K. A Computational Framework for Bioimaging Simulation. PLoS One, 10, e0130089 (2015)
2 ラボオートメーションのためのAIとロボティクス
高橋政代 研究室 と共同で、iPS細胞から網膜色素上皮(RPE)細胞への分化誘導の効率を最大化する最適な手順とパラメータを自律的に見つけるAIロボット細胞培養システムを開発しました。また、ロボットシステムに自律iPS細胞のサブカルチャーを実装しています。AIロボットシステムは下記の3コンポーネントから成ります。
- 実験手順を実行するロボットシステムLabDroid Maholo [4](図1)
- GAN (generative adversarial network) 深層学習モデルに基づいた顕微鏡画像から細胞培養の品質を評価する画像処理システム
- 実験の手順とパラメーターを最適化するためのバッチベイジアン最適化スキームに基づく自動実験計画システム
我々は本研究テーマ(ロボティックバイオロジーによる生命科学の加速)で平成30年度JST未来社会創造事業に採択され、さまざまな種類のロボット、機器、および人間の研究者が互いに協力してさまざまな種類の実験を同時に実行するロボット生物学施設を設計しました。 このプロジェクトには、さまざまな実験プロトコルを表す記述言語であるLabCode、機械をスケジュールおよび操作するLDOS(Laboratory Distributed Operating System)、および実験機器のステータスを取得および監視する視覚情報プラットフォームであるLabLiveの開発が含まれます。
[4] Yachie N, Robotic Biology Consortium (including Takahashi K), Natsume T. Robotic crowd biology with Maholo LabDroids. Nat Biotechnol. 35, 310 (2017)

3 生物学的AI
脳は遅延が大きく、不正確で、信頼性の低い処理単位(神経細胞)が協調的に動作する大規模分散的な装置です。一方で、人工ニューラルネットワークの並列処理は誤差逆伝播法を含むネットワーク全体に対する同期的な操作によって極めて制限されています。脳に学んだ自然な同時処理を含む新たなアーキテクチャによって既存のAIモデルのスケーラビリティ問題を解決できる可能性があります。我々は非同期分散コンピューティングのためのソフトウェアプラットフォームBriCA (Brain-inspired Computing Architecture) 及び新皮質マスターアルゴリズムフレームワーク (MAF) を開発し脳のモジュラーな構造を利用し、Direct Feedback Alignment (DFA)、局所エラーネットワーク (LEN)、生成勾配によるDecoupled Neural Interfaces (DNI/SG) などを用いた新たな人工ニューラルネットワークを開発しています。本研究で開発した非同期DFA (ADFA) は京コンピュータにおいて1024コアまで非常に良好な強いスケーリングを示しました。加えて、LENの並列化実装はNVIDIA DGX-1相当のマルチGPUコンピュータ上でスケールすることが示されています。